どなたはんもがお世話になりよった黒板。学校での授業は黒板を使うて行おったや。ノートをとるのが追いつかいなうて、先生がさっさと黒板消しを使うとあせったもんや。日直になると時間毎に黒板にチョークで書かれた授業内容を消したもんやけど、そやけどアンタ、制服にチョークの粉がかかって真っ白になりよったのも今ではええ思い出や。
黒板
義務教育で、最低9年はお世話になりよった黒板。考えたこともあらへんかったんですわが黒板て何でできとるんでしょうか。
黒板は絵や字をチョークで書き、黒板消しで消すことによって繰り返し使用できる板のことや。昔は黒っぽい色が主流やったが、現在ではちびっと明るめの緑色になっとりまんねん。
白や黄色のチョークやと見やすいんやけど、赤や紫やらなんやらを使われると、どエライ見づらかったんやけど、そやけどアンタ、黒板の色が明るくなりよったためにそれも多少改善されたようや。
黒板の歴史
世界で見ると、18世紀のフランスではすでに黒板を学校で使用しとったんや。そのフランスで使われとった黒板が19世紀の初め頃にアメリカに伝わったんや。
やまとに伝わったんは明治元年、石板に漆を塗った漆板が登場しまっせ。これが黒板の原点と言え、寺子屋やらなんやらで使われとったんや。明治5年になるとやまとでも寺子屋から学校制度がスタートし、それと共にアメリカ人のスコットちう現・東京大学の教師がやまとに「ブラックボード」を持ち込んだからす。明治7年に入るとやまとでも黒板の製造が始まり、板に墨汁を塗ってからさらに柿渋を塗ったもんが作られていきまんねん。スコットが持ち込んやブラックボードを直訳した「黒板」として明治10年以降、やまと全国に黒板は広まっていきましたのや。
大正7年、それまでは仏壇屋や漆工芸屋が黒板の製造をしとったんやが、正式な黒板メーカー「青井黒板製作所」が創業されてきちんとした製法もあみだされたんですわ。青井黒板製作所の創立により、やまと全国に普及するんはもとより、技術の高さから満州や朝鮮にもようけ知られはるようになったんですわ。
昭和29年以降は黒板のJIS規格も定められ、黒板の塗料の開発によって黒から緑の黒板へと変換をとげていきまんねん。現在の黒板はホーローのもんが主流となり、黒板の枠も木からアルミへと変わってきとりまんねん。また、学校やらなんやらでは壁に備え付けやった黒板も、ハンドル操作で上下に動かせる可動式のもんの採用が増えてきましたのや。
黒板の表面も真っ直ぐなもんからカーブがかかってて文字の見えにくさをカバーしたもんまで様々な黒板が製造されとりまんねん。きょうびでは技術の向上から、耐水性のある工事用の黒板もよう使われるようになり、あらかじめ工事名や工種や設計寸法を書き込めるようになっとりまんねん。
黒板消し
使用法は説明がいらへんほど皆はんおわかりでっしゃろ。チョークで書かれた場所を黒板消しでなでるだけや。スポンジを凹凸のあるラシャ状の布でくるんやもんで、汚れとる黒板消しを使うと黒板もきれいに拭くことがでけしまへん。昔は黒板消しをドアの上に挟んで頭の上に落とすイタズラがはやったようや。
電子黒板
電子黒板とはなんでっしゃろか。黒板とええながらも一見はホワイトボードのようや。書き込んやり消したりするんはもちろんのこと、ファミコン...おっとちゃうわ、パソコンやらなんやらの電子機器と接続して画面に表示させたり、黒板表面の表示をプリンターで普通用紙に印刷もできるようになり、会議の席やらなんやらで活躍してるんや。
スラムダンク黒板カード
スラムダンクというたら井上雄彦が作者の大人気の高校バスケアニメやった。連載終了から数年たち、スラムダンクが1億冊を突破したのを記念して幻のイベントが行われはりました。「スラムダンク~あれから10日後」と題されたこのイベントはサイトをクローズするにあたちうのん井上雄彦からのファンへのプレゼントでもあり、神奈川県の廃校となりよった校舎を使用して、ファンがバスケットボールのパスを交わすゆうことも行われはりました。
この廃校の黒板23枚をつこうて「スラムダンク~あれから10日後」ちう作品を発表し、これを模した「スラムダンク黒板カード」がネット販売されたんですわが、爆発的人気で生産が追いつかいない状態になっとりまんねん。黒板状のカードに描かれた物語は簡単に見られそうもおまへんや。